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徒然

それまで何処かの企業なり個人商店経営など、どこかしらの職場に収まっていた人々が構造変化とか経済の後退によって失業者として次々と吐き出されて来ました。また、これから社会に出る若者の多くにも、従来のようにマトモな落ち着き先が用意されていません。このことは本人は勿論、社会的にも好ましくありません、税収の低下、犯罪の増加、自殺の増加、児童虐待などの主原因になると考えられますから。

しかし、一方で低賃金の労働力が欲しい業界困っている人間を客にする商売中間層が崩れることに利益を見出す業界なんかは現状を好意的に捉えているんじゃないのかとも思えるのです。

世の中の消極的変化(即ち悪化・後退)を歓迎する業界・人々がいるんだと思われる。

ま、そんなことを言っても仕方ないが・・。


ここ何年かで感じるが、自ら必死になってあの手この手を駆使して収入を得ている人をよく見かけるようになりました。ネットを利用したり、超隙間ビジネスとか・・。犯罪方面にしても従来には無かった手口が次々と・・。人間、苦境に立たされると色々と知恵が出るものだと感心している・・。

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最近・・

ある仕事を受注したが・・・、喜べない・・。
それは、安すぎるから・・。
難しい仕事ではないから安くて当然かも知れないが、自分の時間を安く買われた・安売りしてしまったことが後悔される。
先方は人手不足らしく「募集を掛けても適材が来ない」と言うが、提示条件が悪いからではないか?とツッこみたくなる。

まぁ・・様子を見て発展性が無いようなら早めに撤退させていただこう。




近所の洋食屋(個人経営店)が廃業した。客足減と店主の引退時期が重なって・・とのことだが、繁盛していれば何も廃業しまい・・・幾つになっても働けるのが自営の最大のメリットなのだから。

今、個人の飲食店は淘汰の時代に翻弄されているようだ。だって、格安牛丼や格安弁当、格安ファミレス&ハンバーガー・・・が巷に溢れかえっていて客の予算も削られている状況では、余程の立地・味・プレミアが無ければ生き残れないだろう。

店を畳むってのは本当に厳しく苦しい決断だと思う、それに比べれば元々無一物のサラリーマンが首になることぐらい屁みたいなものじゃないか・・とも思う。




ある本を読んだ。大正時代からある零細家内工業の、終戦後~高度成長~バブルまでの企業発展記である。情熱と才能と時代の波が、零細家内工業を国際的知名度のあるメーカーへと押し上げた内容であった。欧米の真似とか個人レベルの発想で喰えた良き時代・・・、勿論苦難もあったろうが、報われることも多かったのではないか・・。モノづくりに携わる者として本当にうらやましい限りであった・・。

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副業

サラリーマンにとって、副業を語ることは昔はタブーであった。それが証拠にまともな会社では副業は禁止されていたし、社会通念的にも副業なんぞは浮気で不真面目な山師的発想であるとされていたように思う。一つの職に腰を据えて一筋に打ち込むのが善しとされ、またそれが当然であると考えられてきた。確かにまともな会社は雇用を保証し、従業員は安心して与えられた業務に精励することが出来た。それは労使双方にとって好都合であり、特に働く者にとって自分の能力を最大限に引き出せるメリットは大きかったと思う。凡人であっても一心不乱に打ち込めば何とか格好がついたし、その姿は尊いものである。

しかし既にそういう状況ではなく・・・。

副業を解禁した会社も出ているようで、確かに終身雇用を保証出来ぬならば、従業員がオフタイムに別の収入を得るべく活動をしようが口出しすべきではない。

賃金は実質目減りし税金・社会保障費・公共料金の負担は増すばかりとなり、加えて雇用不安があるとなれば誰だって別口の収入が欲しいに決まっている。そして年金受給年齢もどんどん引き上げられるのだから、定年後を考えれば副収入程度の額ではなくて、本業と同額程度は欲しいところだ。

今や、会社の仕事は薄給でも安定収入と割り切り、自分の精力は別収入口の開拓に向ける・・というのが正解かも知れぬ。

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このところ2

このブログに集うのは、やはり仕事についての悩みを抱えた人が多いと思うのです。失業・就職難・リストラ寸前・・・、本当に困りますよね。今週の「週間SPA!」の特集は「5年後に消滅する仕事図鑑・生き残るための処方箋付き」です、まぁ内容は薄っぺらでしたが悩める人の心に揺さぶりを掛けるような見出しの付け方は上手といったところです。「製造業はこの9年で4万社が消えた!」だそうで、それに連鎖して全体でとんでもない数の職場が消えて、そこに居た人々の多くが失業者として吐き出されたことを窺わせます。

本当に大変な時代になったものです、この先更に大変になるのでしょうから気が重いですよね。ただ、こういう世の中になってもそれに対応して上手くやっている人は確かにいるもので、高級車や贅沢品の売れ行きは堅調だとか・・。

今、大変だ・・生活が苦しい・・ケツに火が点いた・・と思うのでしたら、これを機に変わるのが妥当だと思うのです。賢い人間は常に変化成長していけるようですが、凡人はそうはいきません。平穏な暮らしに安住埋没している間に世の中がすっかり変わって、どうにもならなくなって気が付くのです。で、そのときが最後のチャンスかも知れません。どん底まで落ちてしまったら誰も助けてくれません、だって自分だってそうでしょ?だから、そうなる前に何とかしないと。

私は本業とは別に仕事を始めました。今度は多重下請けではなく完全な独立事業です、とはいえまだまだテスト段階の超零細ですが・・。中高年に残された現役時間なんてアッという間に尽きてしまうでしょう、貴重な時間・・かけがえの無い人生を、嫌で仕方ない作業や周囲に遠慮しながら過ごしたくないのです。

何も荒稼ぎして贅沢三昧したいのじゃありません、貧しくても心豊に暮らせれば充分。それくらいの稼ぎなら何とかなる、出来ないハズがない、そう思いませんか?

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このところ

サラリーマンは勤め先にて何がしかの作業を行い賃金を得る。手にしたお金の大部分を自分と家族の消費生活の為に支払い、残りを将来の消費予定のために貯蓄する。つまりお金の使い方としては消費のみで、もう一方のお金の使い方である投資には殆ど使わない。「いや、自分はFXや株取引をやっている」「俺もギャンブルに投資している」と反論されそうだが、それらも銭ゲバ投資会社の甘言を真に受けた消費活動にように見える・・少なくとも私には。

「サラリーマンには投資活動なんかする必要が無いのだからいいじゃないか」と言われれば確かにそうだ、但しずっと安定して勤務し続けられるのならね。

問題なのは、長くサラリーマン稼業でいると自力で稼ぐ能力が退化(と言うか訓練されない)してしまい、イザという時にどうにも身動きがとれなくなることである。会社の業務で何千万何億と動かしていようが、そんなものは所詮バーチャルゲームみたいなもので、自分のリスクで自己資金を使うのとは全く異なる。

平穏な暮らしが死ぬまで続けば結構なのだが、現在そして将来とも危なくて仕方が無い世の中である以上、僅かでも自ら餌を獲る術を身に着けておくに越したことはなかろう。それにはお金を廻す・・、稼ぐためにお金を遣うことが必要だと思っている。諭吉さんを銀行に派遣していても大したアガリにはならないので、自ら指示して諭吉さんに働いてもらうのである。方法は各人各様だろう。

と、いつもここで偉そうに書いているが、上記のことは当に私自身に当てはまることであり、自分に向けて書いていると言っても過言でない。先祖伝来の財産もなく年金もアテに出来ず何らの資産も持たない私は、命有る限り収入を得ていかねばならない状況だ。60.70歳以上まで生きているとしたら、誰が雇ってくれるのか?

年をとっても続けられる何かを掴まねばならない。

常にそのことばかり考えている。

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