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定年2

自営の場合「定年」はない。引き際は自分で決めなくてはならないが、この「自分で決める」のが難しそうだ。自分の意思とは無関係に「退場」させられる場合も多かろう・・。何とかそうならない様にしたいものだが、さてどうなることやら。今回、記事にするのは「自分で決めた」人の例である。


定年退職 Bさんの場合。

零細経営者のBさんは、私の職業人生に影響を与えてくれた人のひとりで、私が仕事上尊敬する数少ない人のひとりでもある。詳細は割愛するが、私にとって大先輩であり恩人である。

そんなBさんも数年前に7?歳で引退された。会社を売却し、一応、顧問みたいな感じで残るものの、本人曰く「パートだよ」と笑って話してくれた。仕事人間のBさんのことだから「死ぬまで働くのだろう」と私は予想していたが見事に外れたのだった。現在は趣味三昧の日々だとか・・。

先日「自分は他人より10年は長く働いた、もう稼ぐ必要はない、元気なうちに辞めようと決めていた」というようなことを話してくれた。実はその日、失業中の私はBさんに「就職についての相談」を持ち掛けたかったのだが遠慮した、幾ら何でも退かれた方に聞いてもらう話ではない・・・遠慮せざるを得ないではないか。

家族や会社を護るため必死に働き、その責を果たしたと確信したら綺麗に身を引く・・。私もそうありたいが・・・。

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定年

一応、私も社会人として生きてきたので先輩方の定年退職に接してきた。その際何時も思うのが、「自分はどんな定年を迎えるのか?」であった。最早、被雇用者ではなくなった私には「定年」は来ず、変わりに「退場」が突きつけられるのだろうが・・・。私が見てきた「定年退職日」のことを書こう。

定年退職 Aさんの場合。

昔勤めていた会社の大先輩であるAさん、工場に行く度にお世話になった。勤続45年と数ヶ月にして定年を迎えられた。中卒で小僧からの叩き上げ職人、今や大企業の正社員でこのような人はいない。その工場での定年退職者を送り出す際の儀式は次のようなものだ。「その日」挨拶回りなどを終えた退職者は定時に上がる、その時間になると所属長は職場の大部分の者を玄関ロビーに集めて、去り行く先輩に労いの言葉として挨拶をする、そして女子社員から花束贈呈、最後は本人の挨拶。一同の拍手の嵐の中、会社が手配したハイヤーに乗り込み自宅まで送られるのである。後輩達は車が角を曲がるまで見送るのが仕来りとなっていた。

幾度かその場面に遭遇したが、何か感動的というか職場の暖かさみたいなものを強く感じた。長年の勤務に対する敬意の表れであろうか。一労働者としてこの上ない幸福だと思う。

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古参兵

かなり古い話である。当時勤務していた会社の製造工場でのことだからもう20年以上前の話である。工場に出向く度に顔を出していた部署(?)があって、そこはベテラン工員さんだけが在籍する部署・・というよりコーナーみたいなところだったのだが、皆さん何故か私を可愛がってくれたので出入りしていたのであった。

製造業の工場というのは、軍隊のように入社年次によって序列がハッキリしていて中卒で入った者は同年齢の高卒・大卒よりも「工場の掟に於いては」格上とされていた。

ベテラン工員さんたちの部署がどういう性格のものかはすぐに解った。彼らは工員としての腕前や経験は充分ではあるものの、会社組織として課長や部長という管理職に就くことが適わない人たちであった。といって其処は悲惨なリストラ部屋などではなく、笑顔の絶えない仕事場だった。

彼らは平社員かせいぜい主任クラスであったが入社年次は其処の部課長より早く、職人としての技量も上であったから、
「●●課長なんてのは新人時代、とんでもないボンクラだったよ」
「△△部長の尻拭いもずいぶんしたよな~」
などと嬉しそうに語ってくれたものだった。

工場の古参兵  そんな感じだった。

そんな存在だから部課長も頭が上がらない、会社としても長年の功労者を無下にすることなく尊重して遇していたのであった。

私も身近に彼らを観ていて、「いずれは自分もこんな感じになるんだろう/なりたいな」と考えていたが、それは甘かった。そんなのは時代が許さなかった、団塊より上の世代までの話であったのだ。

以上は正真正銘の実話だが、企業が・世の中が優しかった時代の幻のような話だ。

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社会が破綻

一般的な労働者の給与・月給ってのは「毎月の生活費相当額」を基にして定められている。勿論、会社や職種・職位などによって額は変わってくるが、原理としては「毎月の生活費相当額」で間違いない。だから賃金テーブルの作成要素には年齢給が加味されている、即ち結婚して家庭を持ち家族を養うくらいの年齢になる頃には賃金が上昇していくのである。その分、若い頃の賃金は抑えられているわけだ。というようなことは共通の認識として日本の社会にあって、何だかんだ言いながらもそれでやってきたのである・・・昭和の時代までは・・・。

だから、冴えないオヤジでも子供を学校に通わせマイホームのひとつも建てられたのである。一人前の親になれたのである。

しかし、今の世の中の現状はどうだ。大企業社員や役人以外は正社員として就職しても賃金は上がらず、再就職者に至ってはアルバイト程度の低賃金というものばかりだ。

これでは、若者は家庭を持つな失業中高年は一家離散しろと言っているようなものだ。駄目な奴にはその資格が無いと言わんばかりの状況だろう。

低賃金というのは、「そういう生活をしなさい」 と言っているに等しい。

今、40・50歳代の人は若い頃低賃金で我慢してきたのである。甘いかも知れないが、本来なら積み立ててきた分を享受していい年頃なのに・・、詐欺に遭ったようなものではないか。


今更わめいてもどうにもならないが、社会が破綻したような感じだな。その様に認識している。

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ヲイヲイ

携帯のニュースで大見出しを見ただけなので詳細は分からないが、朝日新聞社だかの世論調査で、

反原発・・・41%  ということは、59%(分からないとか無回答もあろうが)は容認。これは現実問題として理解できる・・・エネルギーは必要だもん。

しかし、もう一つ。

復興増税容認・・・59%!!??   ヲイヲイ、何なんだよこれは。どういう層にアンケートしたのか?お人好しも度が過ぎるで。増税より先に削れる支出があるだろ?例えば公務員の人件費の大幅削減とかさ。復興は急務だが、だからと言って即増税は安易、しかもそれを庶民が言い出してどうすんだ!?

恣意的な調査かも知れないが・・。

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