徒然 2016_0830-2

漂流老人とか貧困老人とかが話題になってます。
まぁ・・・次の時代を担う子供を無事世の中へ送り出せたら、もう後は何も要らないと思いますが、金が無くて苦しむのは嫌ですよね。私は今50代半ば、健康ならばあと10年くらいは働けてそれなりに遊べるのではと思っています。
その後は年金とか蓄えの切り崩しやアルバイト収入などで食っていくしかありませんが、年金も
将来のアルバイト収入もアテにはできません。蓄えにしても、ほんの数年で底をつくでしょう。
マイホームを売ったところで、ローン残との相殺で僅かな金額にしかならんでしょう。
その状態で公営住宅にでも入居できれば、何とか生きていけるかも知れませんが・・。

宝くじにでも当たらなければ、多分上記のようなジリ貧の人生になるでしょう。
それが分かっているなら、今後の10年が非常に大切な期間であると思うものの、
ただただ問題を先送りにして何も出来ていない、動こうともしていないのが正直なところです。
多分、世の中の多くの庶民の方々も同様かと推察します。

あと10年でひと稼ぎしないとジリ貧です。何かあるでしょうか?考えようによっては、
「なんでもあるよ」と言う人も居ます、しかし多くの人がそれを掴めないのですよね。

皆さん、どう考えてます?考えたところでどうにもならないから何も考えない・・・ですか?

「若い頃からの積み重ね」も、失業やら何やらで随分と喰い潰してしまいました。人脈も手に職も
対人能力もありません、培った技術も技術革新で陳腐化しました。

この先10年が本当に大きな課題だと思います。


ところで・・・。
世の中には「自由人」みたいな人が居ますよね。勤め人ではなく、何を生業にしているか分からないような人。小さな店をやっているとか、絵や音楽をやりながらバイトで喰ってるとか・・。彼らは彼らなりに厳しい人生を歩んでいるのでしょうが、雇用に縛られない生き方を「羨ましい」とも思います。そういう人たちは大抵「サラリーマンのほうがよっぽどいいよ」と言うのですが、真意かどうかは分かりません。普段、小さな店をやっていて・・「インドに行くから1カ月店は休みだよ」なんて言ってます。そういう自由人みたいな人と、何処かの会社に雇ってもらうしか無い人の違いって何でしょうか?実家が大地主で金に困らない人とかばかりじゃないでしょう。そういう人には独特の嗅覚があって、独りで餌を見つけられるんでしょうか。世の中を渡る知恵・力を持っているんでしょうか。

何十年も勤め人として生きてきた者が、さあ定年・・・となった時、自由人の真似をするのは無理なのか。他人を羨んだところで何にもならないことは解ってますが・・・。

50代で失業したら・・・もう、何処かに雇ってもらうのは無理でしょう。ブラック営業とか介護とかガードマンとか・・・、安くすり減らされる職ばかりだと思うのです。何か見つけないと・・何か掴まないとお先真っ暗です。皆さん、何かやりたいことってありますか?それについて準備・研究してますか?

私は恥ずかしながらこの歳になっても、会社や不動産や金融や商売みたいなものの実際や法的知識はありません。自分が専門としてきた分野のほんの狭い範囲のことを知っているだけです。こんな状態で世間の荒海に漕ぎ出したらアッという間に遭難でしょうね。

だからと言ってフランチャイジーになる気は毛頭ありません。近所のコンビニが出店しては消えを繰り返してますものね、その陰にどれだけの苦悩と絶望があったことか。


そんなことばかり考えて、結局一歩も踏み出せず終わるんでしょうか。


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