徒然 2017_0329

このブログはリストラ失業した私が、再就職にあたり右往左往している様子を書き綴ったものでした。最近は当時を忘れてどうでもイイようなことばかり書いてますが、ここで今一度、中高年の再就職について書いて置きます。

中高年の再就職は出会いとタイミングが全て。

オンリーワンの特技や華麗な経歴の持ち主は別にして、普通の中高年に再就職の門戸は開かれていないのが常です。ですから一発で良い就職というのは難しく、幾つも当たって良い職場に巡り合うのを粘り強く待つしかないと思います。それでも日々の生活費は要るワケで、嫌だと思う仕事でも辛抱しないとなりません。辛いですがそれはそれと割り切って良い話が来るのを待つ、常にアンテナを張って探し続けるしかありません。そうこうしている内に収まる所へ収まるものです。妥協も必要です。もう自分の出番は終わったと諦めることも必要かも知れません。喰っていければそれでok、ではありませんか。

ブラックで働くなら其れ相応の働き方でイイと思うんです。真面目に律義に働くことはありません、無理なら辞めればいいんです。所詮は使い捨てですし、お互い様と考えましょう。雇用主や周囲の思惑を見抜く眼を養いたいものです。親身になってくれる人にはこちらも誠心誠意の働きで応え、そうでない人にはそれなりの対応で済ませましょう。所詮、中途の中高年は孤独ですよ。昔のように、上司は親・同僚は兄弟同然で何だかんだ言いながらも仲良くやっていた時代のことは良い思い出として仕舞いましょう。

出来れば自分より歳上の人が経営者である職場を探すもの手です。社会には何だかんだ言っても年功序列の面が残っており、年長者に仕えるほうが無理がありません。面接などでは経営者や上司・職場の人たちの年齢を聞きておくべきでしょう。ただ、自分より歳上の人が経営している会社も年を追うごとに減りますからモタモタはできませんが。

採用されたら一生懸命働くことが大切ですが、無理をしても続きませんので自然体でいいと思うんです。それで馴染めなかったらそれまでと諦め、次を探しましょう。自分の自然体が受け入れられるかどうかで、自分の器量というか力が認識できるんじゃないでしょうか。

エリートでもあるまいに、履歴・職歴にキズが・・・なんて考えても仕方ありません。恥を掻こうが馬鹿にされようが喰う為に必要な金が稼げればイイんです。
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徒然 2017_0327

ちょっと銀行の預貯金金利を調べてたのですが、ある発見をいたしました。従来、預貯金の利子には20%の源泉所得税が課されて来ましたが、2037年まではこれに復興特別所得税が加算されて20.315%になったと書いてありました。ご存知の方には何を今更でしょうが、知らなかった方も多いのでは?私は毎年確定申告いたしますので復興特別所得税のことは知ってましたが、それが預貯金金利にまで及ぶとは知りませんでした。何かコッソリ盗られるような気持ちです。復興に金が要るのは理解できますし、困っている人の力になることを拒否したくありませんが、正直不愉快です。

また、2037年までということは私にとっては「死ぬまで」と言われているに等しい気がしますし、2037年で終わる保証もありません。多分延長されるでしょう。

尤も大した預金もないのですが。

徒然 2017_0326

今、国会を騒がせている問題。ズル賢い奴等が権力者に擦り寄り、それに靡いてしまう役人が国民の財産を不当に処分してしまった。まるで時代劇のよう。時代劇ならば、水戸黄門が暴れん坊将軍が遠山の金さんが糺してくれたものだが、現実はそうはいかぬ。

しかしこの問題が何故露見したのか?はよく知らないが、あの籠池とかいう奴の奇異な右翼的教育や、あまりに強い安倍首相夫妻を担いだことが耳目を集めたからではないか?

今回偶々、馬鹿が引き起こした不正だから明るみに出ただけで、同じような例は多くあるのではと思う。国民の財産の処分がこっそりと行われ、役人も含め一部の奴等が甘い汁にありつくのは許せない。

都議会のドンを引退に追い込んだのも、こういう不正に対する庶民の怒りだった。

自分は甘い汁を吸えない・・ならば、吸った奴等を吊るせということだろう。

徒然 2017_0321

渡瀬恒彦が亡くなったからか、ケーブルTVで「青春の門・自立篇」という映画が放映されていた。あの映画に描かれていた若者像や、フォークソング「神田川」で唄われているような若者像について私は僻みの感情を抱いている。昭和30年代~40年代初め頃までの時代に、東京でモラトリアムな大学生生活を送った人たちは、当時イケていた若者だったのだと思う。そういう人たちについての著作はかなり多いと思う。しかし、全体からすればほんの僅かな数の恵まれた人たちだったにもかかわらず、何か当時の若者文化の代表であるかの如く描かれ語られる場合が多いのである。大多数の若者が中卒・高卒で働いている中、ワケの分からない学生運動や演劇やら好き勝手なことでのぼせ上がり、熱が冷めたら「大卒でござい」と企業に入って行ったのだろう。そして「あの頃」を懐かしみ自慢するのである。

いつの時代も同じだな。社会の上澄みに居る恵まれた層が美味しい思いをしているのは。もの言わぬ大多数が世の中の主役のハズなのに。

我ながら屈折しているな。かなりの僻みだ。

徒然 2017_0318-2

男と生まれたからには、「出世したい」「偉くなって人の上に立ちたい」と思うもの。まぁそう思うか思わないかは自由だが、男というのは上下強弱の関係から逃げられないもので、どんな場面にも競争が付いて回るものです。しかし職場や社会的地位の競争は一般人の場合はせいぜい50歳くらいまでですね。50歳までに偉くなった人はその後も競争が続くようですが、一般人の場合は50歳くらいで能力が劣る人ほど早くに競争から脱落するようです。

と言うことで、私は競争から解放されました^^。歳とるということは可能性を失うことと気が付きました。後はもう子供を一人前にして世の中へ送り出すことに傾注するのみですが、これだけは失敗が許されないと考えています。能力が足りず自分の出世は叶わなかったけれど、子育てだけは何としても成功させたい、成功させねばならないのです。何も東大へとか一流企業へとかではなく、自分の力で世間の荒波を渡れる強さとか周囲と上手くやっていける心の広さなどを持たせてやりたいと思うのです。簡単そうで難しいと思いますが、こればかりは自分の命に代えても成し遂げたい、お金は残せてやれないけれど、恥ずかしくないだけの環境は与えてやりたい・・。

出来ないとしたら死んでも死に切れないだろう。